タンザニアの次はガーナでゴールド掘ってます。


by mikiume-nz-africa

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Tさん家で その2

さて、Tさん家でTさんの友人のKさんと私とごん兵の4人で、ビール(Tさんは焼酎)で賑やかに楽しく過ごさせてもらった私達。

Kさんからも体験談を聞くことが出来ました。


Kさんは海岸から少し高いところにある水産工場で働いているそうで、そこは高台だったため津波の被害はまったくなかったそうです。

地震があった時、あまりの大きさに一旦外に出て避難したそうですが、すぐ中に戻り電気も止まってしまったので片付けなどをしてたそうです。
他の人たちも同様で、皆地震で散らかってしまった工場内を片付けていたそうなんですが、実はその頃町は津波で大変なことになってしまっていたそうです。
そんなことになっているとは夢にも思わず、電気がつかないので家に帰ろうと話していたそうで外に出ようとしたら所長さんが
「大変なことになってる。町にはとても帰れる状態じゃない」
と顔色を変えて言ってきたそうで、その時初めて大津波が町を襲ったことを知ったそうです。

そして外に出てみたKさん達の目の前にあったのは、老人ホームの窓に刺さった数台の車。

「刺さってたんだてば!」 
Kさんはこう表現してました。

「もう、夢も夢、悪夢だよね、あんな光景は・・・」 とKさんは涙を浮かべてビールをぐいっと飲んで、ついでに涙も飲み込んでしまったようでした。

これは私達が見た山田町で見た光景。
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Kさんの家は津波ですっかり流されてしまったようで跡形もなく、避難所の生活の後、現在は上の娘さんの家に下の娘さんと二人でお世話になっているそうです。
仮設住宅にも申し込みしたんだけど、入れなかった、と悲しそうに話してました。


でも、Tさん同様、Kさんもとにかく明るい。

私が、Kさんに何か必要なもの、今度来るときに持ってきてほしいものとかありますか?と聞いたら、

「も~ね~、いいの、いいの。こうして来てもらって話を聞いてもらって、あなた達の話を聞かせてもらって、こうして同じ時間を過ごせることがうれしいのっ!!それでじゅ~~ぶんっ!」

そして、またあのおじいさんと同じように

「ホント、ありがたいの。ほんとう~にありがたいの。」

と明るく涙を流しながら繰り返してました。


Kさんが働く工場は幸運にも電気が通るようになってから仕事も再開できたそうで、現在も仕事が出来ているので、仕事も家も家族もなくしてしまった人から比べたら自分は幸せだと話していました。


幸せを感じるのは、その人の才能だと思うことがあります。
どこに視点を置くか、考え方を少し変えてみるだけで人は幸せを見つけることができる、と改めて感じました。
家をなくして不幸だと不幸に集中しているか、家はなくても仕事があって幸せだ、家族が無事で幸せだ、と何か幸運なことに目を向けること、そのことで「感謝」の気持ちが持てる。
彼らはそれを究極な状況で実践している、私達に見本を見せている人たちだと思いました。


さて、アルコールも入ってすっかり意気投合したごん兵とTさん。

なんと翌日は一緒に釣りに行くことに決定してました。

朝3時 だそうですが・・・ごん兵、行けるのか?



つづく

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by mikiume-nz-africa | 2011-07-31 11:07 | 旅~日本

Tさん家で

さて、そんなわけで(前回からのつづき)、Tさんの所にお世話になることになった私達。

仕事を終えたTさんと家に向かいました。
港から少し丘に登った場所にある彼の家は半壊。
30年近く前に建てた家だそうですが、鉄筋建てだったので津波で流されることは避けられたそうです。

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赤い所がTさん家、青い所が私達がテントを張らせてもらったTさんの車庫があった所(既に借りの倉庫が作られてました)
津波は黄色の線まで来たそうです。


Tさんはまあ、それはそれは明るく気さくな人で、根っからの世話好きと思われます。
何度もお世話になることをお断りしたにも関わらず、娘さんとずっと二人っきりで寂しくて飲み仲間が欲しいとか、お客さんがいたほうが家が楽しくなっていいとか、あれこれ言ってなんとか私達を引き止めてくれました。

Tさん家にはトイレもまだなく、
「小さい方は、その辺でしてもらって、大きいのは近くの道の駅でしてきてね。あはは!」とケラケラ笑って言います。

夕方は娘さんと4人で近くの小さな温泉まで連れて行ってもらい、みんなでコンビニでビールと夕食を買い帰って来ました。
夕食くらいは買わせてくださいと言う私達の申し出は、ものすごい勢いで却下。

逆に、
「刺身食べる?」「新鮮なのがあるんだけど、ごん兵さん、イカの塩辛食べられる?」

と、山から来た私達にもてなそうといろいろ気を使ってくれます。


夜はTさんの家で夕食を一緒に食べさせてもらい、途中からTさんの友人Kさん(女性)も加わり、皆で賑やかに過ごしました。


さて、ここでTさんの地震での体験談少し書かせてもらうと、

彼は地震があったときは家の反対側の岸で仕事をしていたそうです。
あまりにも大きな地震だったのでとりあえず家に戻ったそうです。
家には17歳になる娘さんとTさんの両親がいたそうで、津波が近づいてきたときTさんは津波と言う物を娘に見せておこうと思い、娘と二人で家の外へ出て津波を見ながら携帯電話でビデオを撮っていたんだそうです。

まさか、高台にある自分の家まで津波が届くとは思ってもみなかったそうです。

携帯に撮られたビデオを見させてもらいましたが、しばらくした後に娘さんの
「わっ、やだやだ!来るよ!来るよ!」と言う言葉が最後で途中で切られていました。

もうあまりの津波の大きさに慌てて家に戻ったんだそうです。

家には年老いた彼の両親がいて、娘さんはお婆ちゃんであるTさんのお母さんを背負って逃げようとしたそうなんですが、お婆ちゃんはそこに残ることを決め自分から孫の背中から降り、寝たきりの
ご主人(Tさんの父親)と二人とも津波にさらわれてしまったそうです。

Tさんは娘さんに大声で丘の上に逃げろとひたすら言い続け、自分は外の非常階段に自分の身体を紐で縛りつけたそうです。

見る見るうちに津波は家の一階部分を飲み込み、少し下にあった車庫にあった車2台がなんと目の前に流れてきたのを見た時は、「もう駄目だ」と思ったそうです。

彼の周りの家も無残に崩れ流されていき、そのすさまじい音と目の前の光景は今でも忘れられないと話していました。

一階でコタツにつかまり、長年連れ添った寝たきりのご主人と一緒に逝く事を覚悟したTさんのお母さんは家から10mほど離れた場所で遺体で見つかり、お父さんは1ヶ月ほど不明だったそうですが、近くの海岸で見つかったそうです。

そんな話を大好きな焼酎飲みながら、淡々と話すTさんをごん兵は涙ながら聞いていました。
そんなごん兵を見てTさんは、
「あれ?飲みが足んない? ほら飲んで飲んで!」とビールをプシュ~!と開け、ごん兵に手渡すのでした。


なんだか、そんな光景が胸にずき~んときました。



つづく


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捻りハチマキで働くTさんとごん兵



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by mikiume-nz-africa | 2011-07-29 18:01 | 旅~日本

お手伝いと予想外な展開

さて、あてもなく走り行き着いた岩手県山田町で、幸運にもわずかなお手伝いをする機会を得た私達。

彼らはグループに別れ、海岸沿いの掃除をしていて、その人たちのほとんどが船を失い、職を失ってしまった人たちです。

こうして皆で集まり仕事を分担しながら片づけをすることで、国から出る補助金が報酬としてわずかながら彼らの手に渡る仕組みになっているようです。

彼らの話によると、”だいぶ綺麗になった” と言う海岸。


それでもどこかの家から流されてきたと思われる冷蔵庫や仏壇、そして小さなもので言えばお年寄りのものかと思われる薬や目薬などがまだあちこちにあります。
そして大きな防波堤を乗り越えた船や、一旦海に沖に流されてしまい引き上げられた無残な船の数々は、今の穏やかな海が変貌した姿を想像させます。
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さて、そこで働く人の中で若者にまけず元気に仕事をする80歳のおじさん。
私は彼と仕事をしながらいろんな話を聞くことができました。

彼は漁師で地震のあったときは漁に出ていたそうです。
そして、津波の警告を受けたときは、船をまず沖に走らせ助かったそうです。

でも、その後町に戻ってきたときの町の光景はそれはそれはひどかったと言っていました。

「もうね、あんな光景を見たら、そりゃあもう、声も出やしない。涙もでんかったよ」

と、そのときの様子を思い出すかのように遠くを見ながら話してくれました。

そして

「俺みたいな年寄りが助かって、あんたらみたいな若者がたーくさん死んでしまった・・・」

と、悲しそうに言いました。
おじさんの家は津波で流され、残念なことに息子さんも犠牲になってしまったそうです。
現在は避難所で生活しているそうですが、「何か不自由なこと、私達に出来ることはありませんか?」と言う私の言葉に、

「いやいやあ、もうね、ありがたくってねえ。みなさんのおかげで食べ物もいただけるし、ほれ、こんな服だってみーんな頂いたものだ」
と、ミッキーマウスの帽子、ブカブカのズボンと服を指差しニコニコ。

前向きな姿と、こんな状況でも感謝の気持ちを持つ心に、ほんと頭が下がります。



「若いもんにはまだ負けはせんっ」と、ばかりに働くおじさん
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砂浜に深く埋まってしまった網をひっぱるのに、ごん兵の力を拝借
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そんなわけで、私達はその日午後4時までの彼らと一緒に仕事をしたんですが、その働く人たちの中で一人際立ってフレンドリーな人が一人。
名前はTさん。

彼は最初からとても人懐っこく話しかけてくれ、マグロ船でオーストラリア近海に行くそうなので、ニュージーランドから来たと言うごん兵にかなり親近感を持ったようです。

で、そのTさん

「今日どこに泊まるの? 泊まることなけりゃ、うち泊まってって!」 と。

そして、

「あ、でもね、俺ん家、1階は流されてないの。だけど2階はあるから大丈夫! ね、泊まってって。娘も喜ぶしっ。006.gif

と、どんどん話を進めていきます。
もちろん、被災者の方々にお世話になるなんてとんでもないことだし、丁寧にお断りしたんですが、テントがあるって話をしたら、今度は

「あ、じゃ、家の前の倉庫があったとこ、あそこも流されて今はなにもないからそこにテント張ればいい。」

すると、他のおじさんが

「Tん家は、便所も風呂もないから、風呂は家くればいい。そうしろ、そうしろ。泊まってけ」

と、もう皆に「泊まってけ!」と押され、結局私達、なんと被災地の方にお世話になることになりました。
いいのか?本来は私達がお世話をすべきなのに・・。

と、私はまだ内心どうしたものかと思ってたんですが、Tさんとごん兵もうすっかり意気投合して握手なんかしてるし・・・・。


そんなわけで、Tさん家(の倉庫跡地)にお泊り決定!



つづく

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by mikiume-nz-africa | 2011-07-28 11:58 | 旅~日本

山田町へ

今回、私達はテントを用意して行ったんですが、もちろん被災地にはキャンプするところはないので、2日目の夜は釜石から内陸の遠野市まで行くことにしました。

しかし

行ってみてびっくり。
どこにもオートキャンプはなく、ユースホステルに行ってみても満室。
仕方ないので民宿か旅館を探すことにしたんですが、これが大変。

駅前の旅館民宿、数件に空き状況を聞いてみたんですが、どこも満室。

平日なのに何故??
と、勉強不足の私は単純に首を傾げてしまったんですが、4件目にやっと空きのあった旅館の人に聞いて納得。

ここ遠野市は、被災地で働く方々の拠点地なんだそうです。
自衛隊は近くの運動公園でキャンプを張り、仮設住宅を作る人たちなどはすべてこのあたりの旅館民宿にずっと宿泊していました。

なるほど・・・。

長い人は地震の遭った数日後からずっと宿泊して働いているそうです。
その人たちは、大阪、新潟、北海道と全国各地からきているそうで、旅館の廊下には自分達で洗濯したと思われる作業服や下着などが干してあったり、旅館で働く人とのすっかり馴染んだような会話を聞いただけで、彼らが結構長く滞在しているのがわかりました。


”本当にご苦労様です”040.gif



さて、遠野で1泊したあとは、また同じ道を走り釜石方面に向かい、そのまま北へ向かいました。


そして最終的に車から降りた場所は、岩手県の山田町

そこはまだまだ瓦礫が沢山で、海辺にはこんな風に船が・・・。
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高い防波堤を登って海側を覗いてみると、地元の人たちと思われる人たちが片づけをしていて、私達に気づいた一人の男性が、「こっちこい、降りて来い」と手招きで合図してきました。

ちょうど、休憩中だったようで6,7人の人たちがタバコをふかしたりして座っていたんですが、なんと、見ず知らずの私達に

「はい、はい、ごくろうさん。まあ、コーヒーでも飲んで」

と、缶コーヒーをくれるではありませんか!

「いやいや、私達は働いているわけでもボランティアでもなく、通りがかりで様子を見せてもらいにきただけですから・・」

と言う私の言葉なんか、ぜんぜん無視で、自分達が座っている場所を開けてくれるおじさん達。


こんな所で働く人たちとのん気にコーヒーなんか飲んでていいのか?

と思ったんですが、おじさん達はどんどん私達に話しかけてきます。
どこから来たのか?何か食べたのか?ごん兵は何人か?・・・など、とにかく気さくに話しかけてくるんです。

コーヒー頂いて、飴も頂いて、何もしないわけにはいかないし、ごん兵はもともと何かお手伝いをしたいと言う気持ちが強かったので、そのまま彼らのお手伝いをすることにしました。

ごん兵はそこにいる人の中でも力のあるほうだったし、特に薪割りなんかは小さい頃に散々やったそうなのでお手の物!ってことで、バンバンぶった切ってました。
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やっぱり力だけはあるので、彼らの倍くらいの速さで木を割っていくごん兵。
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割るたびにみんな 「お~~っ!!」と声を上げ、拍手する人もいてなんか笑えました。


で、私ですが・・・。


さすがに薪割りはできないので、もうすぐ80歳になるおじさんと一緒に浜に打ち上げられたつり用のネットやゴミの片づけをしてました。

やっと水が澄んできたと言う海。
海だけを見ればなんと平和な光景なんでしょう。でも、遠くには海から引き上げられた沢山の船。
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このおじさん、家は流されてしまい、残念ながら長男も津波に流されてしまったそうです。

いろいろ話してくれるおじさんの話を聞きながら、泣いてはいけないと思いつつ涙が流れてくるのは止められませんでした。

印象に残ったのは、おじさんの何度も言う
「ありがたい」
と言う言葉でした。

生きていることがありがたい。
日本中、世界中の人が応援してくれることがありがたい。
洋服や食料を送ってくれることがありがたい。

そしてなんと、何もしてない私にまで

「こうして来てくれて話を聞いてくれることがありがたい」

と、本当に何度も感謝の気持ちを言葉にしてました。




明日は、そのおじさんの地震当時の話と他の人たちの話を紹介したいと思います。


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by mikiume-nz-africa | 2011-07-27 13:56 | 旅~日本

世界遺産から被災地へ

さて、つづきです。

テントで9時前に就寝し、朝、鳥の声で目覚めたいと思ったら、目覚めさせてくれたのは鳥は鳥でも

カ ラ ス044.gif

カラスが悪いとは言わないけど、うるさ過ぎっ!
テントの真上の木の上で、どうやら2羽くらいで喧嘩してんだか、朝の会合をしてるんだか知らないけど、まあ、それは賑やかでした。
で、時間を見れはまだ5時前。。。。


まあ、そんな感じで早めの朝を迎えた私達は、せっかく世界遺産に指定されたばかりの平泉の中尊寺や毛越寺なんかを見てから、海辺に向かおうということになりました。
(寺参りの話はまたいつか)

そして気仙沼に着いたのは午後1時。
最初、町の中を走っていた時には地震の傷跡はあまり見当たらなかったんだけど、ある角を曲がったらから突然景色が一変。津波で被害を受けた場所で、人も見当たらなく無残に波に傷つけられた半壊の家々が広がってきました。

しばらく走ると景色はもっと悲惨で、4ヶ月以上も経った今でもまだまだ瓦礫が沢山
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車を走らせている内に、二人とも何も静かになり、ただただ目の前の景色を見つめているだけでした。

私達は、車から降りることもなくそのまま北に車を走らせ、陸前高田、大船渡、釜石と海岸線を走って行きました。

上記の町の名前や映像は何度もニュースで見ていたので知っていたんですが、その町と町の間にも小さな集落などがあって、この災害の広さを改めて実感。

場所によってはこんな風に既に道が整備されて車が通りやすくなっている場所もあったり、
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こんな風にまだしっかり津波の爪あとが残っている道路もありました。
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作業している方々 ”ご苦労様です”
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運転して気がついたのがこのサイン
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あちこちこんなサインがあって、この地区の人たちは昔からこうゆうリスクを負ってここで生活してきたんだな、と言うことが理解できます。


車を走らせること数時間。
どうもこの辺にキャンプする場所はなさそうなので、いったん内側に入ってそこで見つけることにして釜石から遠野市に向かいました。


つづく

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by mikiume-nz-africa | 2011-07-25 21:31 | 旅~日本

東北へ

4泊5日で東北の海岸沿いの被災地に行って来ました。

震災時からボランティアで何か役に立ちたいといい続けてきたごん兵ですが、いろいろな人の話を聞いたり読んだりする内に、

1:夏休み中はボランティアが多すぎてしまって、返って迷惑になるのではないか。
2:ボランティアもほとんどの場所で、5人以上とかのグループを希望しているので、個人でコンタクトを取るのは難しいのではないか。
3:(ごん兵の希望で)あまり片付けが進んでいない小さな町や、大きな手助けがあまり受けられない場所に行きたい。

などと、いろいろ考えなければならないことが増えてきました。

でも、いったい現場はどうなっているのかをとりあえず見に行って、自分たちが何をできるかを考えようと言うことで、2,3日の予定で出発しました。

従兄弟にテントを借り、キャンプ用の椅子やテーブルを用意して、ほぼ自分達だけで自炊できるように準備。
ちょうど、カナダ旅行中に買った小さなガスバーナーもあったのでお湯は沸かせるし。

台風がちょうど来てて一日出発を延期して、水曜日出発。
はっきりした目的地がないまま、一気に車を走らせます。
ごん兵が運転している間、地図を見ているとついこの間世界遺産に指定された中尊寺や毛越寺がある近くに、なんとこんな文字が!

東北ニュージーランド村

「おい!こんな所にニュージーランド村があるよ~!」

と、いったいその村がどんなものなのか知らないけど、やっぱり身近に感じてしまうのは当然でしょう。
・・ってことで、高速道路を降りて15分ほどのニュージーランド村へ!!

「パスポート持ってきた?」
などと冗談言いながら入り口に向かうと・・・。

「あと1時間で閉演です。中の店はほとんど閉まってます」

と言う、残念なお返事。

更に、ここで働いているニュージーランド人に会えますか?
と言う質問にも、
「あいにく、ここには外人はいません。すみません」

ごん兵、一気に消沈002.gif・・・
せっかく同じ母国の人と会えると思ったのに残念でした。

そんなごん兵の顔見て気の毒に思ったのか、受付のお姉さん
「もうすぐ閉演ですけど、よろしければ無料で中に入って見てってください。」
なんて、親切な声をかけてもらっちゃいました。

まあ、中は良くある公園みたいになってました。
店は全部閉まってましたが、日中は子供達の団体などでにぎわうんだそうです。

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ニュージーランドの最高峰 マウントクックと書かれた場所に行って見ると・・
食堂があって、カタカナではちゃんとマウントクックと書かれていたんですが、英語ではマウンテンクックとなってました(笑)
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もう夕方だったので人っ子一人おらず、ちょっと寂しい気がしたので全部回らず終わりにしました。

そこを出ると既に5時近くなってて、その晩寝る場所をまず確保しなければならないし、暗くなる前にテントを張ってしまおうと近くのキャンプ場を紹介してもらいました。

運よく近くにキャンプ場があってラッキー。
おまけに静かな山の中で、ここも人っ子一人おりません。お客さんも私達だけ。
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誰もいないこと、山の中ってことで、大喜びのごん兵は張り切ってテント張ってました。(私は熊でも出るんじゃないかと逆に不安)


その晩は近くの温泉センターみたいなところで、お風呂に入り夜9時過ぎには就寝でした。


翌日は、せっかくなので世界遺産になった中尊寺、毛越寺などを見学しお昼には海岸沿いに向かいました。


つづく


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by mikiume-nz-africa | 2011-07-25 15:16 | タンザニア出来事

お知らせ

明日から私達、東北の被災地に向かいます。

ボランティア活動をしたいと言う希望を強く持つごん兵ですが、いろいろな人のアドバイスで夏休みは避けた方がいいと言われ、ちょっとがっかり気味。

でもとりあえず、行ってみてどんな様子で、被災地の人たちに何が必要で、私達に何が出来るかを実際に行ってみて確認してくるつもりです。

親戚にテントも借り、自炊の準備もしていきますがどうやらテント泊や車中泊は禁止されている所が多いと聞いたので、どうなることやら・・。


と、言うことで、数日出かけてしまいますのでブログアップできませんのでご了承ください。


また戻ってきたら、被災地の様子、そして旅話の続きをアップします。



それではみなさん ごきげんよう!


あ、もし被災地のボランティアの件で何か情報があったり、アドバイスがあれば教えていただければ嬉しいです。



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by mikiume-nz-africa | 2011-07-18 14:13 | 旅~日本

カーナビは・・・オンナ

シカゴで数日滞在した後は、レンタカーを借りてナイアガラの滝に向かいました。

ニューヨークからシカゴまで飛んできたのに、また逆方向に戻るような感じですがレンタカーを10日間借りたので、ナイアガラの滝の後は五大湖をぐるっと回って、ミネアポリスで車を返すと言う予定。

カーナビは絶対あったほうがいいと言うTimのアドバイスを受け、1ヶ月も車を走らせるのであればカーナビ買ってまた他の国でも使えるわけだから、その方がいいかもってことで電気屋さんに向かいカーナビ購入!

Timもカーナビ持ってて、彼はそのカーナビになんとかっていう女性の名前をつけて、彼女が道案内するたびに、「サンキュー、なんとか(カーナビの名前)」とか、「そっちに行きたいんじゃないんだよっ!なんとか」と、いちいちしゃべってて面白かったので、私達も名前をつけることに。

名づけ会議にはTimも参加してあれこれと名前を選択するんだけど、なぜか彼らがつけるのは決まって、オンナの名前! 何故だ?
設定で男性の声も選べるんだから、男の名前でもいいんじゃん?と言う私の意見は、男二人の意見で却下。

ま、別にいいけどね。

結局、私の小さな布袋にカーナビを入れておくことにし、その袋にキティちゃんの絵が描いてあったので、カーナビの名はキティに決定。


そんなわけで、キティに案内され、約8時間高速道路を突っ走りナイアガラの滝に到着しました。

着いたのは夕方。
ちょうど、滝がいろんな色にライトアップされる時だったので、二人で外に出て歩いてみました。

かなり寒くてブルブル震えるほどだったんだけど、ライトアップされた滝は美しい
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ずっと天気が悪かったらしいんですが、翌日は快晴
滝も夜とは違った姿を見せてくれてます
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春と言っても風はまだ冷たく晴れてても長袖が必要なほど。
でも、日向は気持ちよくてついつい昼寝
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昼間からビール飲んで、のんびり過ごしたあとはトロントに向かいました。



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なでしこジャパン!ワールドカップ初優勝!
朝っぱらから感動で涙いっぱい流した私とごん兵でした。おめでとう!!!!!
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by mikiume-nz-africa | 2011-07-18 11:23 | 旅~アメリカ&カナダ

ズンバ!

毎日暑いですねえ。
私達の住んでる場所は山の中で涼しいはずなんですが、それでもかなり暑いです。
同じ群馬でも、館林とか伊勢崎とかは毎日ニュースで最高気温が38度とか出されているから、そこに住む人たちはホント大変だと思います。

熱中症、熱中症、と10年前はそんなに聞いたこともない言葉が毎日テレビで言われてますが、ほんと油断してると大変そうなので暑い所にいる皆さん、どうか気をつけてくださいませ。


さて、アメリカの旅話に戻ります。


シカゴの友人宅で数日過ごしましたが、友人のロビンは前にも言ったとおり、今はズンバのインストラクターをメインにしています。

彼女は私よりちょっとだけ年上ですが、もう身体は筋肉でしっかり引き締まってます。
14年前に比べたら、その間に子供も二人生んでるし、太っちゃった、と本人は言ってますが、いやいや、もう十分すぎるくらいの体型。

一度彼女の教えるズンバクラスを見に行ったんですが、生徒はざっと40人くらい。
元気な彼女は、大声を出して本当に楽しそうに踊ってます。


私達がガラスの外で見ていると、私達に気づいた生徒の一人が外に出てきて、
「せっかくだから一緒に踊りなさいよ!と言われ、半ば強引に連れていかれました。
私とごん兵、そしてロビンの旦那様のティムの3人は恥ずかしくも中に入って参加させてもらっちゃったわけです。

みんな動いてるので上手く写真がとれなかったんですが、いやいや皆楽しそうだ!
っていうか、ロビンが一番楽しそうだった!041.gif
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彼女が言ってたんですが、どんなに私生活や家庭内で嫌なことがあっても、ズンバを教えていると終わった後は、気持ちがぜんぜん変わって気持ちが楽になるんだそうです。
「確かに行くのが億劫なときもあるけど、終わった後は満足感でいっぱいよ!」
と、長年プロとして人前に出ているだけあって、その根性と言うか意識はすごいなと感心。


さて、ズンバなんてしたこともない3人(私プラス男ふたり)。

「ほらっ!こうやって踊りなさいよー!」
と、元気なオバちゃん(失礼)に後押しされて、見よう見まねで一番後ろで踊ってみましたが・・・


実は、これ・・・・・かなり楽しい!!!!

3人ともロビンに比べたらもちろんへったくそで、まるで見ようによっては阿波踊りでもしているようなんだけど、あのロビンの元気な掛け声と音楽にあわせて身体を動かしてたら自然に顔が笑顔になってたよ!不思議~。 
レディー・ガガとかペリー・ケリーとか、いまどきの音楽に合わせて4曲くらい踊ったんですが、正直言って、あれ病みつきになりそうです。

真ん中がごん兵。右奥はティム
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1時間のレッスンが終わった後の参加者みんなの表情はとっても満足感いっぱいで、汗びっしょりになって気持ち良さそうでした。


ちなみに、ロビンはマラソンも趣味でやっていて、時間があれば走る。大会があれば参加する、と言う本当にアクティブな女性。
そして暑い中汗かきながら走るのが大好きなんだそうだ。。。 

彼女はマクドナルドのハンバーガー大学でもズンバやウエイトトレーニングを教えているけど、ハンバーガー天国(ジャングフード天国とも言う?)では、健康管理の為にそうゆうエクササイズは必須なんだろうな。

だってこんなショートパンツ売ってる国だからね!006.gif
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さて、次はシカゴからレンタルカーを借りてナイアガラの滝に向かいます。



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by mikiume-nz-africa | 2011-07-17 09:19 | 旅~アメリカ&カナダ

シカゴで再会

さて、話はニューヨークから一気にシカゴに飛びます。

シカゴには私の友人たちが住んでいて、彼らと再会するのは14年ぶり!
14年前の夏、日本で仕事をしていた彼らがシカゴに帰った後、ニュージーランドへの留学を決めた私は友人と二人で彼らに会いに行ったのでした。

あの頃は英語もそれこそ片言で、それでもあんなに交流が深められたんだから人とのつながりは「言葉」だけじゃないってことなんだな、と実感させられます。


そして今回、ほぼ問題なく彼らとの言葉での交流がとれるようになった私ですが、彼らは私のキウイと日本人特有の英語アクセントの混じった英語になんだか驚いていました。(ごん兵は私の英語をジャングリッシュと言う。ジャパニーズとイングリッシュの混じり)
今思うと、14年前来た時の英語ってかなりすごかったと思います。ろくに会話も成り立たなかったと思うけど、どうやってコミュニケーションとってたんだ??


さて、そんな話はさておき・・・


久しぶりにあったロビンとティムは変わりなく元気で、14年前にはこの世に生まれていなかったダグラスとウィリアムも家族に加わって賑やかになっていました。

今年11歳になるダグラス。
彼が生まれてから、毎年のクリスマスカードに
「ダグラスが私より背が高くなる前に会いたい」
ってずっと言ってたんですが、なんとかギリギリ彼はまだ私より小さくて間に合いました。(来年は確実に越えられているな)
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両親がプロのマジシャンであるため、子供達もエンターテイナー
夕食の後に、二人の解説付きでショー(?)を見せてもらうごん兵
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アメリカで一番古い野球場(らしい)でのカブスの試合観戦
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楽しさ嬉しさを身体で表すロビン041.gif このあと踊ってました!070.gif
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シカゴにはマクドナルドの大学があり、そこでロビンはズンバを教えているので構内に入らせてもらいました。名前は「ハンバーガー大学」 
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マックのフランチャイズオーナーは必ずこの大学を出ないと駄目だそうです。
やっぱり世界規模の会社っていうのはやることが違います。


ちょうど母の日もあり、ティムのご両親も来て子供たちがプレゼントをあげてました。
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ロビンはスケートダンサーでもあり、マジシャンのティムと一緒にマジックもしますが、今はあちこちのジムでズンバを教えてます。
あいにくティムのマジックは見ることができなかったのですが(すっかり忘れてた!)、ごん兵は是非次回に会うときには見たいと言ってます。



14年前、もう留学するにはもう遅すぎる(歳取りすぎだ!)と上司から言われた私がニュージーランドに留学するきっかけになったのが、彼らとの出会いでした。
あれがなければニュージーランドに行くこともなく、向こうに住むこともなく、そしてごん兵とも出会うこともなかったわけだから、人生とはわからないものです。


次は国境を越えてカナダへ

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by mikiume-nz-africa | 2011-07-14 11:01 | 旅~アメリカ&カナダ